
2017.07.11 インタビュー
キャピタリストに問う「ベンチャー企業における副業の是非」

山口さん(仮名)
ベンチャーキャピタリスト その他情報は非公開

mantinov/Shutterstock.com
従業員の副業、業務時間外は何をしても構わない?
片倉 本日はよろしくお願いします。早速ですが、山口さん(仮名)はベンチャーキャピタリストということですが、どのようなお仕事をされているかご説明いただけますか?
山口 私の業務は主に『ディールソーシング』と呼ばれる、新規投資先の開拓が主たる業務となります。従いまして、あまりオフィスにはおらず、日中はベンチャー企業に訪問していることが多いと思います。数にすると、年間で数百名の起業家と接することになります。
その他にも担当している投資案件が複数ありますので、投資先の株主報告に参加したり、投資先の各種支援施策を実行したりしています。正直なところ、私自身は起業家経験がないため、経営者の視点での議論や施策を提言することは非常に難易度が高い業務であると感じています。
片倉 事前にお話ししましたが、本日のテーマは『ベンチャー企業における副業についての是非』となります。センシティブな議論になりそうですが、お手柔らかにお願いします。
まず、『ベンチャー企業における副業』を考えるにあたって、二つの論点から議論する必要があると認識しています。一つ目は、『従業員の副業を良しとするか』、二つ目は、『経営株主の副業を良しとするか』という論点です。
山口 事前に聞いてはいましたが、これは随分ややこしい議論ですね(苦笑)
片倉 はい。間違いなくややこしい論点です。会社の規模やステージによるという考え方もあると思いますので、イメージとして、創業5年未満の従業員数二桁前半くらいまでのベンチャー企業というケースに絞って議論をしましょう。これ以上の詳細な設定は一旦やめておきます。
山口 わかりました。
片倉 それでは、一つ目『従業員の副業を良しとするか』という論点に関してどのようにお考えでしょうか。本日の議論は、山口さんの所属するVC(ベンチャーキャピタル)の総意ではなく、あくまで山口さん個人の見解として解釈いたします。
山口 私個人の見解としては、従業員については経営陣と約束した成果にコミットしてさえすれば、勤務時間外に何をしていても構わないと思っています。家族や友人との時間に充てるもよし、趣味に没頭するのもよし、副業をするのもよしと考えています。
しかし、一方でチームワークという視点から考えれば、本当にそれでいいのか?という疑念が私の中で生まれることも事実です。従業員の副業に関しては、VCが云々というよりは経営株主自体がそれを積極的に推進していることの方が稀です。というか、私は見たことがありません。むしろ従業員についても、自社に全力を投入してほしいと考えていると思います。
片倉 なぜ彼らは従業員の副業に反対するのでしょうか?
山口 私が外から見ている限りでは、チームワークの醸成という側面が非常に強いと感じております。多くの経営者は、自分が何を成し遂げたいのか、ビジョンであったり目標であったりを従業員に対して語りかけることでチームをまとめようとします。そうした経営者は、従業員が熱心に副業している姿に違和感を覚えるのでしょう。
片倉 でもそれって、単なる経営者のエゴですよね。もし私がベンチャー企業の従業員なら、圧倒的に金銭的リターンが高い経営株主が従業員にフルコミットさせたがるのは、「単なるポジショントークでしょ?ワロスw」と感じると思います。「あなたがこちら側なら、副業禁止を支持しますか?」と逆に質問をしたらどうなるのでしょうか?「終業後は絶対に副業以外のことをしてください!」という話はアンフェアだと思います。
山口 確かに、職務時間外にソーシャルゲームに熱中するのも、副業に熱中するのも同じことといえば同じことですからね。私個人としては、副業を禁止する必要はないと思っています。これは経営者の考え方に従うしかありません。
『起業家は事業に専念すべし』暗黙のルールはもはや不要?
片倉 それでは、二つ目の論点に移ります。『経営株主の副業を良しとするか』という点について、どうお考えでしょうか?IPO時に経営者が専業でなければならないのは、理解できなくもないのですが、まだIPOの見えない段階で経営者が最初から一つのことに専念する必要はあるのでしょうか。
山口 来ましたね…この論点。
片倉 はい、本日ここは避けて通れません。よく投資契約において、経営株主は本業に専念しろ的な項目(※経営株主の専念義務)があるじゃないですか。競業の禁止は理解できるのですが、従業員同様、勤務時間以後に何をしていても別に良くないですか?なんでこんな項目あるんですか?
※経営株主の専念義務
①投資家の承諾なく、取締役を辞任したり、再選を拒否したりしないこと
②兼任及び兼職の禁止
③在任中及び退任後一定期間(通常は1年から3年程度)の競業避止義務
出典:AZX Professionals Group 公式ブログ
山口 正直なんでかと理由を問われると、何かこれといった根拠があるわけではありません。昔から『起業家は事業に専念すべし』といった考えがあり、それが未だに投資契約に盛り込まれているのだと思います。
片倉 ベンチャー業界だけではないと思いますが、日本人ってそういう精神論大好きですよね。一生懸命に一つのことに夢中になっているのが良いことだと。部活も就職先も会社経営も一つだけ的な暗黙のルールがあるように見受けられますが、理由がよくわかりません。
山口 経営株主の専念義務については、そもそもこの項目に対して誰も疑問を抱き、討議することすらない、ある種のコモンセンス的なことになっているのだと思います。さらに、私の経験から言うと、起業家からもこの項目を外して欲しいと言われたことがないというのもあります。
片倉 ゼロからイチを生み出す起業家は社会にとって希少なリソースです。私も起業家をやっていますが、事業がうまくいくかどうかは本人の意思や能力よりも、事業のタイミングによるところが大きいのではないかと感じています。当たることもあれば外れることもあります。外れたら、さっさと次のことをやったほうがいい。
それなのに、そのサービスに固執するがあまり、後から湧いてきた競合他社との価格競争に疲弊したり、資金繰りに悩んだり、「なんでわざわざそんなことするの?」と思います。投資家は良い起業家が足りないといいますが、いい起業家を育てるより、いい起業家を見つけて何社も経営させた方が効率的だと思うのですが。
山口 確かに、そういった可能性を模索してみてもいいかもしれません。私もそうですが、一人の経営者が何個も会社を経営し、その全てに対してスケールを狙いにいくという発想がそもそも無い、というのが現状だと思います。
片倉 いいですね!山口さんは副業起業家に投資する変わったキャピタリストになってみるのはどうですか?一般的な考え方ではないので、どうせ批判を浴びると思いますが、他人と同じことをやっていても大した成果などでません。IPOがある程度見えた段階で、円満に経営陣を総取っ替えする手法や、やたらとバイアウトに持っていくスキームなど変わった技を使えるようになるかもしれません。
それに、起業家とのバリュエーションの交渉もシンプルになると思います。起業家が一球入魂だから、相場からかけ離れたハイバリュエーションで交渉してくる。それでも誰かが出資するから高止まる。「アーリーステージでDCFなんてしても意味ないでしょ!?」と思うのは私だけでしょうか。日本におけるIPO時の平均価格はだいたい80億くらいだと思いますが、その水準をベースに評価額をつけないと、VC側のビジネスが持ちません。ハイバリュエーション傾向は業界全体にとって、誰も得しない構造だと私は思っています。
なので、「副業していいから、相場のこの評価額で出資させてよ!ついでにもう一個会社作って、そっちにも出資させてよ。うまくいかなかったら何個も会社作ろう。何度でも支援するから」と言えば、一部の起業家からは猛烈に支持されると思いますし、起業家側も一球入魂の交渉をしなくて済みます。アーリーステージにおいて、資金調達の交渉に2人月×数ヶ月を割くなら、適当に相場で調達して、プロダクト開発に時間を費やした方がお互いのためだと思います。
山口 ちょっとその路線、可能性があるか考えてみます。ちょうど、社内でも新しい投資スキームを模索しなければならないと議論していたところでして。
片倉 是非一緒に仕掛けましょう。本日はありがとうございました。
EDITOR
編集者

片倉 健
株式会社ビタリー
取締役マネジングディレクター
慶應義塾大学経済学部卒。経営コンサルティング会社アクセンチュア(戦略グループ)、経営支援・M&Aアドバイザリー会社フロンティア・マネジメントを経て、ビジネス書要約サイト『flier』を運営するフライヤーを共同創業。同社CMOとして法人営業、ユーザー獲得、出版社とのアライアンス交渉といったマーケティング戦略全般を担当。
同社退職後、株式会社ビタリーを共同創業。新規事業戦略のコンサルティング案件を全般的に担当するほか、副業(サイドハッスル)にフォーカスした『cyha.jp』を統括。これまでに数十件の新規事業開発案件を担当。アクセンチュアでは、主に国内金融機関に対する、ビッグデータ解析、マーケティング戦略立案、オペレーション改革、リスクマネジメント案件、基幹システム開発等に従事。フロンティア・マネジメントでは、複数の小売企業の企業再生案件、新規事業案件等に従事。
専門領域は業種業態を問わず、先端テクノロジーを用いた新規事業開発。事業戦略の構築から、マーケティング戦略の立案、システム開発、オペレーション構築、管理会計整備に至るまで、幅広い分野に精通。日経BP未来研究所『新規事業創造塾』専任コーチ。趣味は読書とゴルフ。
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